072710

しばらくぶりに動く兆しがきて、自分を信じる以外できなくてモヤモヤと。
1年後が見えないのって学校以来な気がする。学校ってそれくらい自分が変わり続けてたんだよなーと今になって思う。

先日見てたustでの話がきっかけになって、アニキにも言われた「何がしたいのか」ってのをずっと考えている。
ものや感情・行動に名前をつけることは、それをそれとして固定してしまう一面もあって、可能性を狭めているようにしか見えなかった。いろんなことをやりたいし、そのほうがたくさん切り口を変えられると思ったから、なりたい職業も得意分野も固定はしてこなかった。

見ていたustには写真家がいらっしゃって、仕事の安定感を持ちながら同時に職業を「人と出会う機会」とおっしゃった。ある種の完成形と感じた。ustには(ダンサーという言葉より踊り子というほうが落ち着く雰囲気がすてきな)踊り子さんもいらっしゃって、その方もとても存在感のある写真を撮りながら「自分を広げるもの」とおっしゃって、それもある種の完成形だと思った。

たぶん目指していたのはそういうもので、やっていることと見ていることが違う方向を向いているのに、それが結局つながって力になっている。
2人が共通していることは「やれることをやった」、ということ。

僕はFlashを糧にして、別のなにをしたいのだろう。

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070510

空の写真ばかり撮っているので、inyoで見た 「空にレンズを向けた時点で写真は終わってる」 のことを考えている。

写真家の写真は一枚一枚の力がすごい。こんな写真が撮れるんだぜーみたいな臭さは全く感じないのに、すごい写真だったりする。被写体が動画の一コマに見えるというか、その一枚を見ただけで前後が予想できる。その点で行けば、すごい雲もなく、虹もなく、真っ青でもないただの空を撮るのはあまりに意味がない。撮ってるけど。撮ってるけど、正直少しだけそんな気もしている。
(多分少し悔しいから書いてるんだけど)inyoでこの文章を見たときに考えたことを少しまとめたくて久しぶりにブログ書いてる。

結論から言えば、オレが「終わっている」と言われているその空の写真を撮り続ける理由はアニメからスタートしているように思う。
兄は現在アニメーターをしているのだけど、実家に原画を大量に持ってきたことがあった。枚数は数えてないけど、でかいダブルクリップでもギリギリくらいの枚数。それでもパラパラ送っても大まかにしか動かなかった。これだけ書いていったい何秒あるんだと考えた。

(ピンと来る人はもう予想してると思うけど)要はケイゾクのエンディングみたいに、何百枚も撮られた空には意味があると思う。こうなりたい、というわけではないのだけどずっと空を撮ることで「枚数で輪郭をなぞる」ことは出来るんじゃないかと思って撮っている。日記に近いかもしれない。

「終わっている」ってその文章、たぶん色々な意味を含んでると思うんだけどさ。地上にもっとドラマチックなものがたくさんあるのに、それに気づいてないんじゃねーの?とか、綺麗なものばかり撮って自己満じゃねえのそれ?とか言ってる気もするんだけどさ。極論は尖ってるもんで、たくさんのことを言わないからここに刺さった人間がいるんだし、自分でyes/noを見つけるまでやろうと思えた という話でした。こんなたっぷり書くの何年ぶり?。。

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041510

某アニモーの張ったムービー見てると、活版時代の老兵がメイン張れる時代が再来するんじゃないかとふと思った。
http://www.youtube.com/watch?v=gjePuSCy21E

Flashが動かないといってもiPadが売れないわけ無いのだけど、これってPCを食うかもしれないのに何で入れないのかね。プログラマじゃない人間がアプリ作ることでセキュリティホールを広げるって事なのか、金儲けの仕組みが壊れるからなのか、ハッキリ言えば納得するのに。バッテリーの減りくらいなら黙って飲むよ。

なんだかんだで結局またGWまでみっしりと仕事入れられているんだけど、代休は無理としてもせめて残業代でるならまだ許せるのに、名を売るくらいしかメリットが無い当社の現状を如何せん。命綱を切ってでももう会社設立に目を向けるべきなのだろうなあ。ヒマと勇気が404

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040710

新作作ってます。詳細は完成品をもって代えさせていただく予定です。
まだ音楽は決まってないけど、いっそJRCの管理楽曲を打ち込んで使えばアーティストにも著作権料はいるからいいなーとか思ってる。

さるアーティスト集団と一緒に仕事をする機会があって、彼らの仕事に触発されたのは間違いないんだけど、もしかしたらtwitterを止めてなかったら作らなかったのでは、と思い始めている。ブレストは喧騒の中、発明は孤独の中と言ったのは誰だったか。いいもの作るよ。

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033010

twitterにいるとユーモアとか情報とかいろんなものをもらう代わりに、色濃いものが一緒の洗濯機で回っていると染まるし、強いものがいると毛羽立つのかもしれんなあ、など雑感。
少しだけ離れることにした。帰らなくても良くなる居所が別にできるかも分からない。関係者には伝えてるけどひとつ企画があって、それ発表するまで辞めないけど、発表したらどうなるか分からないのが正直な気持ち。ただ不思議なのは(今のところ)メリット/デメリットを天秤にかけるとメリットのほうが勝ってるところで、意外で少し寂しい。まあ好きなpostの人はRSSで読んでるからなのだろうけど、オレがそうなる必要は無い、という結論に。

twitterが辞められない一因は「口寂しさを紛らわす」タバコ的な部分と「それを共有できる」という場の部分と「自分がいない間にも何かが起きている」というバー的な部分が混在してるからだと思っている。どこかで誰か知らない人がくだらないことを言ってはツッコミが入り、うまいことを言ってはみんなでアハハと笑い、じんわり沁みる言葉をポロっと言うのを待っているのだ。その空気をとても愛している。

しかし休憩時間が劇的に減った上、仕事の能率が5割増くらいしてる気がする。いいのか悪いのかは判断しない。

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021910

長文を書けるようにこっちにもブログ入れといたけど、twitterで結構な量喋ってるもんだからこっちまで粒子が残らないギギギ

レイアウトもまだ整えないまま、でもこれはこれで見慣れてしまった上に「これはこれでいいんじゃね?」みたいな気持ちになってるんだけどありだよねないですねそうですね

そもそも「個人サイト」に作品を並べるスタイル・意義は今更どうなんだろう。pixiv、flickr、文字を書きたきゃmixi、twitter、追随する他のサービスも無数に存在するし、真の意味で個人がネットで確立できる土壌が整っているのにさらに家も作るみたいなことになってんじゃないの。別の側面を持つペルソナを普段使って、本当の顔をここに置くとか?書いててあほみたくなってきた。結局ここを見てる人間は物好きと言う結末にたどり着くし、オレも実験サイトとしかもはや思わないかもね。時代は変わったのだなとしみじみ。閑話休題。

とはいえflickrのデータをFlashとかajaxで簡単にめぐれるようにしてみたい。骨組み部分のスクリプトは実はもうできているんだけど。のんびりやる。

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