070510

空の写真ばかり撮っているので、inyoで見た 「空にレンズを向けた時点で写真は終わってる」 のことを考えている。

写真家の写真は一枚一枚の力がすごい。こんな写真が撮れるんだぜーみたいな臭さは全く感じないのに、すごい写真だったりする。被写体が動画の一コマに見えるというか、その一枚を見ただけで前後が予想できる。その点で行けば、すごい雲もなく、虹もなく、真っ青でもないただの空を撮るのはあまりに意味がない。撮ってるけど。撮ってるけど、正直少しだけそんな気もしている。
(多分少し悔しいから書いてるんだけど)inyoでこの文章を見たときに考えたことを少しまとめたくて久しぶりにブログ書いてる。

結論から言えば、オレが「終わっている」と言われているその空の写真を撮り続ける理由はアニメからスタートしているように思う。
兄は現在アニメーターをしているのだけど、実家に原画を大量に持ってきたことがあった。枚数は数えてないけど、でかいダブルクリップでもギリギリくらいの枚数。それでもパラパラ送っても大まかにしか動かなかった。これだけ書いていったい何秒あるんだと考えた。

(ピンと来る人はもう予想してると思うけど)要はケイゾクのエンディングみたいに、何百枚も撮られた空には意味があると思う。こうなりたい、というわけではないのだけどずっと空を撮ることで「枚数で輪郭をなぞる」ことは出来るんじゃないかと思って撮っている。日記に近いかもしれない。

「終わっている」ってその文章、たぶん色々な意味を含んでると思うんだけどさ。地上にもっとドラマチックなものがたくさんあるのに、それに気づいてないんじゃねーの?とか、綺麗なものばかり撮って自己満じゃねえのそれ?とか言ってる気もするんだけどさ。極論は尖ってるもんで、たくさんのことを言わないからここに刺さった人間がいるんだし、自分でyes/noを見つけるまでやろうと思えた という話でした。こんなたっぷり書くの何年ぶり?。。

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